【題未定】 「ただいま」 パパが家に帰ってきてすぐ、ぼくは学校であったことを話した。 「そうか。それは大変だったな」 ぼくの話を聞いて、パパは驚いて目をまんまるにしてる。 「ねぇパパ。どうしてパパはお休みの日にラクガキ消してるの?」 ぼくはパパのことが大好きだ。 明るくてやさしいパパのことを『ソンケイ』してる。 でも、パパのお手伝いでみんなにバカにされるのは嫌だ。 だから、なんでパパがラクガキを消すのか知りたかった。 「ミキオがまだ小さい時にね...」 ニコニコしながら、パパは話しはじめた。 「パパは今とはべつの会社で働いてたんだ。前のおうちにいたときのことだよ。覚えてる?」 ぜんぜん思い出せなかった。きっとぼくはとっても小さかったんだ。 「その会社ではたらいていた時にね、お父さんは会社からパワハラを受けたんだ」 「パワハラってなぁに?」 「パワハラっていうのはね、自分よりよわい相手に、その人がイヤだと思うことをすることだよ」 「じゃあ、いじめっことおなじだね」 ぼくがそう言うと、パパはうん、うん、とうなずいた。 「そう、学校でミキオにいじわるした子たちとおなじだ。パパは、『やめてください』って何度もおねがいしたんだけど、会社は聞いてくれなかった」 パパの話を聞いて、ぼくのむねが苦しくなる。 パパが感じたイヤな気持ちが、まるで自分の気持ちみたいに、心の中でチクチクとする。 「そんなのひどいや」 ぼくはとってもイヤな気持ちになった。 「そのうち、パパもガマンができなくなってね。すごくしんどくなって、具合が悪くなって、会社を何ヶ月も休んだんだ。パパが会社を休んでいるあいだ、パパから何回電話しても、会社はそれをムシしたんだよ」 「パパ、たいへんだったんだね」 パパがしんどかった時のことを考えて、ぼくの目からなみだがポロポロとこぼれた。 「でも、その話がラクガキ消しすこととどう関係するの?」 「今から説明するからね」 パパはニッコリと笑って答えた。 「パパは仕事をやめて、今の家がある目黒に引っ越してきたんだ。ここはいい場所だろ?」 ぼくはうんとうなずく。 「パパはこの場所がすぐに大好きになった。でもね、その大好きな町にラクガキがたくさんあるのに気付いたんだ」 「かべも電柱も、何も悪いことはしていない。ただそこにあるだけなのに、だれかによごされて、ダメにされてしまっている。まるでパワハラをされているみたいだって思ったんだ」 パパは悲しそうな顔をした。 「だからね、パパは時間のあるときにラクガキを消すことにしたんだ。この町からパワハラをなくそう、ってね」 「そうだったの。知らなかったわ」 いつのまにかぼくのとなりで話を聞いていたママが言った。 「ママ、パパがラクガキを消すわけはじめて知ったわ。ミキオのおかげね」 ママはそう言って、ぼくの頭をまたなでた。 「パパのしていること、りっぱね」 ぼくもママの言うとおりだと思う。パパのしていることは、すごい。 「いいかい、ミキオ」 パパがぼくをまっすぐ見た。 「だれかにダサいって笑われることでも、それが正しいって信じてるなら、むねをはってやればいいんだ。はずかしく思わなくていい」 そう言うパパが、とてもかっこよく見えた。 「うん。ありがとう、パパ」 パパの話を聞いて、ぼくは学校でバカにされたことが、あまりイヤじゃなくなった。『あの子』にバカにされたことも、みんなにジロジロ見られたことも、もうどうだっていい小さなことだから。 「よし。それじゃあ今日は外でごはんにしよう」 「わーい! やったぁ!」 ぼくがうれしくてとび上がったのを見て、じゃれてあそんでたうちの芝犬と三毛猫もとび上がった。 ぼくはパパとママと手をつないで、外へ出かけた。