【DJ社長の軌跡】 【漫画動画1-1】 冒頭バーチャルYoutuber 皆さんこんにちは、今回はどん底から這い上がって一躍時の人となったレペゼン地球メンバー率いるDJ社長が博多lifeを を創業する前のイベント時代を漫画動画にしてみました~ えっ、そんなの社長の40分動画みれば誰でもわかるし...と思っておりませんか。 まだまだ詰めが甘いのです。 過去について話すときは、多少の尾ひれがつきものです。 そのためヤンデレ有名人ストーカー編では 40分間の動画では語られていない部分をDJ社長の高校生頃や22歳当時の心境などなど。 DJ社長のブログや当時のツイートをもとに描いてみました、時系列や当時の言葉は嘘つかないのです。えへへ。 それではさっそく見ていきましょう。 【DJ社長の過去】 カット1枚絵 2015年5月20日ツイート参照 教室で男子3人が鍋をやっている風景。 ふぅすげぇ、寒い。 寒いなら鍋であったまろうぜ、えへへ。 めちゃめちゃあったけぇ。 当時のオレは寒かったら鍋をやればいいとか、16歳の頃はボーリング教室を開いて レーンの中に入りストライクを取るという、はちゃめちゃでふざけた高校生活を送っていた。 カット2絵 1人留年してたたずんでる姿 周りは卒業していく風景 そんな適当な学校生活を送っていたら案の定留年をしてしまった。 カット3:先生に教室で起こられてる風景 セリフ 留年してまた遅刻なんかして、そんなんじゃ社会で通用しないぞ! 大丈夫先生、将来は社長になって大金持ちになってやる! 「そんなに世の中あまくないよ」 カット4:参考書などを開いて勉強している風景 俺はムカついた 死ぬ気で勉強して 東京の大学に合格して 上京してビジネスを学んで社長になると決めて まずは最初の段階の大学に受かるために猛勉強した。 カット5:大学合格を祝しているシーン。 そのかいあって、見事に大学に合格した。 卒業していった同級生からも、お前は投げ出すことなく4年間高校生活を送った。 東京でもその気合と根性でビックになれや などの寄せ書きも多数寄せられた。 ここからが借金地獄の負の連鎖を味わったビジネス時のスタートだった。 カット6絵:渋谷のぼろい小さい4畳半のアパートで、ビジネスの勉強をしている風景 東京に来たものの一体オレは何から始めればいいとっちゃね。 友達0、人脈0、知識0、経験0、 毎日いろんな会社の社長さんに話を聞いて回っても結局、自分が何をすればいいのか全く分かんねぇ。 カット7絵:学生だけで制作したイベント、DJフェスのビラ配りをしている学生さんと貰うDJ社長の絵 そんなある日、街中である広告と出会った。 学イベ、野外DJフェスティバル へぇ、こんなのやってるんだ、おもしろそう。行ってみるかぁ。 カット8 学イベ DJフェスをみて圧巻されるDJ社長 これだ! 同世代だけで企画、運営をして、ひとつのイベントを創りあげているんだ、 これなら俺にもできる。そしてやるからには一番になりたい! そうして主催者として頑張り始めることを決意した。 カット9:ガラガラの会場 DJ社長  Abemaブログ参照 イベントをやってみたはいいものの、結果は大失敗。 15万円もあかじになった20歳 カット10:イベントをやってもやってもガラガラになる風景、コマでいくつか分割してお願いします でも負けず嫌いな俺は その後も諦めずに何度も何度もイベントに挑戦した。 けど何回も何回も失敗した、 毎回のように失敗した。 借金もした。 カット11:サラ金に頭を下げるDJ社長 もう少し返済は待って下さい、必ず返しますんで自分でなんとかしますんで。 怖い人からお金を借りないといけない状態まで追いつめられた。 気がつけば130万円も借金してた。 カット12:4畳半の渋谷のアパート:1本のたばこを3回に分けて吸っている絵と、      白ご飯にマヨネーズをかけて食べてる絵。 家賃も光熱費も払えないどころか、お金がなかったため1本のタバコを3回に分けて吸うしかなかった 白ご飯にマヨネーズをかけて食べるしかなかった。 カット13:ひどく落ち込んで悔し涙をしている風景 なんで、こんなことになったんだろう もうダメかもしれない カット14;友達の前で見栄を張っている風景 けど誰にも相談できなかった、情けない自分を見せられなかった。 調子どおって友達に聞かれても、もちろん絶好調だよというしかなかった。 もうただの意地でしかなかった カット15:がむしゃらに4畳半の渋谷のアパートで勉強している風景 何の為に東京に来たのか このまま負けっぱなしでいいのか たった一度でも勝つしかない、勝ったらいいなじゃない勝たなきゃダメなんだ。 そう自分を奮い立たせ、 ガムシャラにがんばり続けた、 カット16;勉強の本が積みあがっている風景 失敗しても「次こそは、次こそは、、、」と諦めずにイベントをやってきた。 地元の友達には 「くだらない」と笑われ 家族には 「もっとまともな事をしろ」と言われ 仲間にも 「まだやるの?」と言われてた。 それでもこれしかなかった。 カット17:イベントの運営者に頭を下げ、ビジネスの勉強をし続けている二分割の風景 みんなが遊んでる時に行動し みんなが寝てる時間にビジネスの勉強し続けた。 そうやって頑張り続けて上京から一年間がたった。 失敗したら闇金に行く覚悟で総経費500万円かけて ゼップ東京でイベントに挑戦してみた。 カット18:闇金におびえながらチケットを手売りで売っていく風景 失敗したら闇金、失敗したら闇金、失敗したら闇金、だから成功させるしかない。 やるしかないんだ、下克上を打つしかないんだ。 カット19:イベント大成功している風景 そうやってやった結果、イベントは大成功を及んだ。 カット20;メディアに取り上げられるイベント そのイベントはテレビやYahoo!ニュースにも取り上げられるほど話題を生んだ。 名前が売れたのにあわせ仲介業、コンサル業、ネットビジネス、セミナー講師など いろんなことに手を伸ばした。 カット21:2スタジオゴーストでのイベントを成功させた そしてZeppのイベントから約3ヶ月後には 『アジア最大の箱』と言われるスタジオコースト『通称;アゲハ』を貸し切り3500人を動員し 日本一のイベンターと呼ばれるようになっていた。 カット22:星を見上げるDJ社長 気がついたら 俺が、今までしてきた数々の 「失敗」は 「経験」と呼ばれるようになっていた。 たった1度でも上手くいけば 今までの全ての失敗や努力が報われる事を感じた。 それと同時にあらゆる人に感謝した。 失敗ばかりしていた時は 誰かに感謝する気持ちなんて芽生えなかったけど 成功すると「あの人のおかげで」 「あいつがいてくれたから」とそういった気持ちが自然に出て来た。 、 「本当に東京に来てよかった」と思ったのと同時に 「地元、福岡をイベントで盛り上げたい」と思った瞬間だった。 えへへ。 皆さん、どうでしたか。今回はイベント時代で成功を成し遂げたまでの軌跡をDJ社長の実体験を そのままDJ社長のTwitterやAbemaブログを文字通りストーカーのように追跡して時系列を追って 当時のDj社長の姿を忠実に再現してそのままに描いてみました。 この後株式会社株式会社PARISTを立ち上げ、「BAR PariS」を出店「博多Life」のイベント立ち上げ 成功する日々の中で、成功が当たり前で今、全力で本気になれているのか疑問に思い始めて もっと挑戦してもっと自分を追い詰めでかい事をやろうとして、詐欺にあい700万近く持ってかれた (40分動画では調子に乗って長続きしなくて1000万持ってかれたで終わってる部分ですね)話も 需要があったらやろうと思ってますので気になる方はたくさんご視聴くださいませ~