これが私の原動力 今日もぶたれた。 昨日と同じ左の頬だったから、余計に痛く感じた。 それから、息ができなくなるまで首を絞められた。 意識が遠退き、気がつくと私は自分の部屋のベッドの上でお昼を迎えていた。 首を絞められたせいで気を失っていたのだろう。 虐待と名付けられた暴力は、日々酷くなる一方であった。 あと何ヶ月かとしない内に、多分だけれど、私は殺されてしまうだろう。 だからその前に、この事態をなんとかしなければならない。 私なんて、生きている価値はないのかもしれない。私がいてもいなくても、今日も世界は回っていて、皆普通に生きていくことができる。 でも、私はパパとママに殺されるのも、自分で死ぬことも絶対にしないと決めている。 今日は日曜日だったから、部屋でゴロゴロとしていると、ママが帰ってきた足音がした。ままはいつも同じヒールを履いているから、帰ってきたらすぐにわかる。 ママが私を呼んでいる。 今日はきっと休日出勤だったのだろう。だからそのストレスの吐口は私だった。 私はリビングの椅子に座らされると、髪の毛を引っ張られて何度も往復ビンタをされた。 だから左の頬は痛むのでやめてくださいなんてことも言えずに、ただひたすらに痛みに耐えた。 あまりの痛みに座ってるのも困難になると、ママは私を蹴飛ばして私は椅子ごと倒れた。 それから少し経ってパパが帰ってきた。 パパは倒れている私を見ると、表情を変えることなく、私の顔を踏みつけた。 体重が徐々にかかってきて、頭が割れるかと思った。 そういった虐待という名の暴力は日常茶飯事だった。 これが私にとっての当たり前。普通なのだ。 さて、ここからが本題だ。 もしかすると、この状況を学校の先生に相談したり、前にプリントで配られたことのある、電話番号に電話で相談をすれば事は解決するのかもしれない。 けれども、その場合私の心が満たされることはない。 私には生きる原動力があるのだ。だからその日がやって来るまで、私は耐え続ける必要がある。 精々、殺されないように細心の注意を払って暴力を受け続けるしかない。 私は少年法とかいう厄介な法律によって守れらている。 だからパパとママを殺した後は、大した罪滅ぼしは待っていない。 だからこそ、二十歳になった瞬間にパパとママを殺して、私はその罪を償って生きていこうと考えている。 そう、小学校六年生の私の将来の夢は、殺人犯になることなのだ。 二人を殺して、その罪を背負って生きていく。 それが私の原動力。私のがこの世に存在している唯一の証明なのだから――。