1.命の日 「生きてるんだ」 人生。 おれは、その言葉に対して、始めるものでもなければ、終えるものでもない、そう思っていた。 それでも、おれは、人生という名で語られるものの、始まりを探していた。 「拓真。おれは、いつからお前を信じれなくなったんだ」 おれは、写真の中で、隣に映る青年、拓真を見つめた。 「いつから、おれは」 おれは、拓真が、命の部屋から帰ってくることを知っていた。 おれは、その事実を受け止めていたし、永遠に続く輪廻という感覚を感じることができた。 「本当は、永遠なんてないのに」 緑は、言った。 緑は、短いさっぱりとした髪をなびかせ、命の部屋を見つめた。 おれは、自分がここにいることを何も思い出せないのに、ここにいることを、不思議に感じた。 その感情は、自分が大切にしているものだったからだろう。 おれは、彼がどう帰ってくるのか、不思議に思っていた。 まるで、他人事。安心して見ていられる。 そのような事には、思いもつかないことが起きないと思っているからだろう。 意味のないことを知ろうとすれば、おれは何もかも失ってしまう。 「命の部屋から、帰ってくるのか」 おれは、知っていることを話して、彼と同じ方向を歩んで、向かって、歩いていくはずだった。 はずだった。 「クソがッ」 拓真は、死に物狂いで走って出てきた。 彼は、手にフィルムの出ているカメラを持っている。 同じ螺旋の中にいる、自分自身をまるで、それと同じことになっているかのように感じた。 壊れている。 自分が、壊れているはずだ。助けなきゃ。という気持ちだった。 「終わりだ」 終わりだ。そう言う彼の慌てっぷりを見て、おれは心底、感情には鮮度があると思った。 すべてを、忘れた、自分だ。 感情も沸かない人とは、異なる表情を見せる彼を、心から、何というべきか、理解できなかった。 理解できずに、いたんだ。 おれは、また、こう信じていた。 「拓真。お前は、歩いてきた。正しい道を。間違っても、失いつつも、来たんだ。向かい合うために」 「違う。おれは、おれは」 「走るか、今、命の部屋が来たら」 「終わりを、待っているんだ。なのに、お前は、お前は、なんで。ここにいるんだ」 「諦めてないからだ。おれは、お前が命の部屋へ今来たと思った。ここは、命の部屋だ。だから、試せよ。今帰るか、どうか」 「なにを、言ってるんだ。おれは、お前を、ここに送ったんだ」 不慮の事故だとでもいうかのように、自分は彼を傷つけた。 しかし、間違えている。 自分は、苛まれていたのは、自分だと、信じていた。 つまり、自分が独善的なのは、彼がいるからだと、分かっていたし、おれは、ある意味、信じてなかった。この、同じことを繰り返すだけの生活を。 何だってできた。 それでも、おれは、この道を選んだと、信じていた。 「おれは」 拓真は、言った。 「ここに、来たんだ。何も、間違っていない。ふざけるな、広人」 初めて、彼は叫んだ。 「生きてるって、こういうことなんだろうな」 「おれは」 空っぽの、湖。実際には、浅い水が張っている。 それでも、空っぽに見えるのは、自分が感情的に、できないことが、出来たからだ。 そういう意味では、おれは自分が、分からなくなった。本当に。 「意味もないことを、続けていけるのは、自分が、自分と思えないからだ。生きてるのは、おれが、ここに来たからだ。お前は、おかしい。こんな世界で、生きてるなんて。ここで、生きてるなんて」 「済んだか、お前は、おれに感情を押し付けて、命の部屋から帰ってきた、哀れな命を悔いているはずだ。お前は、少しも変わってない。変わったことなんて、外観だ。物の価値だ。生きていても、良いのか。それは、自分で見つけろ。そうだ。言いたいことは、あるか。お前は、ここで死ぬ」 「変わったな、お前も」 彼は、立ち止まり言った。それは、何も言うことがないからではなく、自分が何をしたいか、本当に分かりたいことは、何か、自分がしたいことは、何か、本当は、知らなかったからだ。 自分は、死んでも、分からない。死んで、なくなってしまうまで。命の意味を。 「人生は、終わった。見てしまったことを、元には戻せない。いつかは、変わりたいんだ。どうして、ここへ来てしまったんだ。おれは」 「いつか、戻れるさ」 黒い瓶に入った命を、おれは見直した。 「緑を、これで」 「先は、見ない。それで、いい。今は、これで、いいんだ」 おれたちは、いつか夢見た。同じ景色を、変える日が、あっても良いと思った。信じているんだ。 命の日に、おれたちは、信じた命を生きれると。思った、命を変えられると。 ここで、いてもいいと思える日が来ると。 「命の日は、お前が、消えていなくなる日だ」 涙が、伝った。 おれは、信じていた。自分が、いなくなる日、それは永遠に来ないと。 命の部屋。 「命の部屋は、永遠に生きるためにある、訳ではない。本当に、あるのは、人生が、経験であるという、経験則だ。生きるのは、そういうことだ。おれは、お前が、ここにいるのが、間違っていると感じている。だから、終わりを探しているんだ。おれは、自分の人生が、終わればいいと思っているはずではないが、自分が自分自身を見つけて、それを見て、本当に苦しくなったんだ、ここにいるのが、お前でなかったら、おれは、まともに、真面目に命を生きているんだと、だからこそ、信じたかったんだ。命があると、ここに。命の部屋が」 「おれは、お前とは、同じだと、思う。ここにいるのは、そうだな、時間を欲しい。考えておくよ。命の使い方を。感情かな。おれたちの違いは。おれは、感情がすり減ったものだと思っていたが、本当は、すべてを知らないお前と会って、こうなると思った。それでいいんだ。それで」 「良いか。おれは、命の部屋へ帰る、拓真。お前は、生きていていいんだ。これは、自分を優し目にみてるんだ。今は、きっと」 それでいい。それで、いいんだ。 つまりは、死ぬべきは、いや、おれは、生きていよう。 この終わりを見るという、事実を乗り越えるまでは。自分が、ここにいていいと思えるまでは。 自分が、ここにいても、自分を見て、意味が分からないほどに、生きていると思えるほどに。 生きている。生きているんだ。 「終わりか。お前は、いていいんだ。ここに、いていいんだ。ここに」 終わりは、永遠に続くと思っていた。 おれは、今でも心の底から、永遠というものが分からない。 すべては、移ろい、変わる。 その中にいるのに、永遠という概念は何を指すのだろう。 おれは、分からない。 「おれは、ここで起きる未来を知っている」 「でも、それを知らなきゃ、おれはここにいない。おれは、ここで生きてくんだ」 晴れ間がさす。 争いもなく、自分は命の意味を知るために、ここにいる。 その気持ちさえ捨てなければ、生きた意味を探すこともできないなら、自分は命の部屋を捨てて、逃げようと思った。 命の部屋を逃げて、自分を探しに行った、自分は、間違っているのか、ここにいる彼を、自分とは、違う人生を送ったものとして、異なった存在だとうっすら、感じていた。 おれは、日々の生き方を通して、自分に問いたかった。 「お前は、生きていて、良かったと思ったのは、今か。昔か、はるか昔か。どれなんだ。拓真」 「今だな、悩みは解決した。おれは、お前と生きる。それで、いいんだ。お前が、おれを信じれなくなるまでは、な。生きていても、良いんだ。おれは」 泣く男を初めて見た。 おれたちは、生きた。それで良いんだ。 それで、良かったんだ。 生きていれば、自分が生きていて、欲しかったという事実が残るんだ。 それが、人生というものかもしれない。 ある種、適当に、生きてればいいのか。と思える。 「ここに、いていいのか」 「行こうぜ」 おれは、自分が自分だと思えるように生きよう。 「おれは、お前じゃない」 その嘘を、生きていてもいいという理由に、使用しておきたい。 「おれは、お前を変える」 それが、本当に生きていると、彼に思わせるためだ。 自分が消えてしまうとか、自分がいなくなっても、自分は自分の生き方ができるとか。結局。 「命の部屋へ、行ってよかったんだ。だろ」 「だな」 おれたちは、こう思った。人生は、生きてみないと、何が起きても、知らないことばっかになってく。 知る。 「それは、命の部屋を知れば、生きることをやめることには、ならないだろ。生きてるんだ」 「はあ、分かったよ」 おれは、手に取った霊薬を手渡した。 「白い霊薬だ。お前に託す」 「お前」 これで、おれたちのどちらかは、命の部屋の記憶を見ることができる。 「霊薬を飲めば、命の部屋で起きることが分かる」 「だから、今は、ここで」 まだ、命の部屋へ行くことはない。はずだ。 おれは、信じてる。彼といる、時間を。 「だから、生きていていいのか」 納得できない自分を、捨て置いて、彼をきっと、見ていた。 おれは、自分を信じたんだ。生きていると。 「ここにいて、おれは、お前を変える。命の部屋へ行けるように」 生きている意味を見出すのは、こういう時間ではないのかもしれない。でも。 「これでいいんだ」 おれは、自分を見つめた。 「帰ってきたのは、お前だ、広人。お前は、おれだ。命の部屋から、帰ってきたのは、自分以外は、誰もいなかった。誇ってくれ」 「間違っている」 「そうか、そう言えるおれがいたらな」 泣きそうに下を向く、彼の周りには、人生を見つけることに成功したものがいた。 「瞬間、見つけたぞ」 「良いのか、それで。適当なことが、初言葉で。今のは、なかったことにしてやろうか」 「んな」 「私は、生きても、ここにいても、良いと思う。愛です」 愛は、みんなに微笑んだ。 「生きていても、良いんだ」 「勝利、緑、静希、守、愛、命の部屋を持った人は、これで全員。のはず」 「いつも、生きていていいなんて、都合のいい話よね」 「本当に、そう」 「いつも、生きてても良いっていってるんじゃない」 拓真は、下を向き、恥じて言った。 「探してるんだ。終わりを」 「良いか。みんなで行くんだ。あそこへ」 おれたちは、湖に咲く命の木を見つめて、言う。花が、散っている。おれは、行ける気がした。 「命の部屋へ行こう」 おれは、信じた未来を歩める気はしないが、本当に自分に会えて、良かったと思った。 「拓真。お前は、命の部屋に行ったから、こうなってしまったんだ。おれは、お前を変えたい」 「いや、おれが変えるんだ」 「どっちでも、良いわよ」 静希は、冷静に言った。 おれたちは、知らない。 これから、悲しいことがおきても、それを受け止めなければならないと。 命の意味なんて、知らない。 そんなことを言える気分だからこそ、できることもある。 でも、それは、生きていることを信じて、前に進みたいから、とでも言える瞬間もあるだろう。 正しいことは、知らなくても、おれたちは、生きてることを見つけたかった。 「私が霊薬を飲んで」 「無料じゃないんだぞ」 「お前」 「おれは、ここに戻って来れると思うぞ」 「写真。取らなきゃ。笑って」 ピーッ。と音がすると、写真が出てきた。 「それじゃ、行ってくる」 緑は、白の霊薬を飲んだ。 2.命の庭 「ここは、命の部屋なんかじゃない。ここは」 私は、そう思いたかった。そこには、白い庭があり、女性が地面に腰掛けていた。彼女は、膝を曲げ、花を植えていた。 「あなたは」 先に話始めたのは、彼女だった。 「命の部屋へ来たの、緑。緑って言います。ここへ来て、良かったのかは分からない。でも、未来を見に来たの」 「あなたは、私よ。同じなの。どこも、かしこも」 花を見つめて、その後、私を見つめた。私は、彼女に聞くべきことが本当は、あったのに、何も聞くことができなかった。それは、彼女が、あまりに悲惨だったからだ。 「あなたは、一人で、ここにいるの」 「そう。昔から」 「今は、ここにいて、大事な人はいないんですか。大事な人を守ってあげたり、ここにいる理由を確かめたり、すべて諦めてしまったんですか。あなたは、ここにいて、何を目指しているんですか。ここにいる理由は。何ですか」 私は、問い詰めるように聞いた。彼女は、その問いに、答えずに、立って、私に見せた。 「青い硬貨」 それは、静希がいつも、首から付けている、青いペンダントだった。 「彼女は、もういないの。科学者になってから、気が変わったの。いつも、優しかったのに。いつも、側にいたのに。もう、いないの」 「命の部屋で、何が起きたんですか。ここでは、言わなきゃいけないこともあります。あなたは、何をしたんですか。未来を知るのは、良いことです。本当は、あなただって言いたいんでしょう。未来の私に、変えてほしいことを、言いに」 私は、自分が、焦っていることを感じた。 なぜか、彼女といると、時間という感覚を失っていた。だからこそ、焦った。 「あなたは、リタリア。永遠の命の神ね」 「いつも、ここにいるのは、自分がこうなりたかったからなの」 信じられなかった。彼女は、まだ状況が変化するのを、待っているのか。 「私は、何を待っているか、分からない。分からないことは、知りたい。あなたは、私に、どういう未来を見てるんですか」 私は、聞いたはずの答えを、すでに知っていた。 ここに来たのは、命の部屋へ来たのは、自分を知るためでもなければ、自分の未来を肯定したいからでもない。 自分が、何をしようと、意味がないことまでは、知りたくなかったんだ。意味がないことまで。 自分に意味がないはずではないが、私は彼女を肯定できなかった。 「私は、未来を見るためにここに来た。そうだった、はずなの。でも、いつか、みんなを置き去りにした。考えが回ったとでも、言うのかしら。私は、変われなかった」 「これは」 「白い瓶よ。永遠の命を授けるもの。それは、リタリアとなってしまうあなたが、歩む命。私は、止められない」 「この霊薬が。永遠の命を得る。そんなこと、起きるはずがない。信じられない」 「ここにいれば、分かるわ。絶望が」 絶望。彼女は、何も変えることができなかったのだろうか。それは、言わなかった。相手に、失礼だからだ。何も、変える必要もないのかもしれない。 「同じことも、繰り返せば、また違って見えるの。そうよ。いつだって、私は、そういうことを受け入れてきたの。ここにいれば、悲しくなるわ。また、あなたと会えたらと思うの。そう、手紙を」 私は、何も書くものがなかったから、写真を取り出した。 「まだ、生きていたのね」 私は、拓真と広人が写った、写真の裏面に、拓真と書いてあるのに気付いた。それを見て、リタリアは、顔が壊れていた。 「私は、これから戻るけど」 「私は、あなたを理解してるの」 私は、広人のことを言われたと思い、顔が熱くなるのを感じた。 「良い。これから、あなたたちは、命の部屋へと、生き急ぐ。それを、止めるのが、あなたの仕事。ここにいるのは、あなたではなく、誤ってしまった未来の自分。未来を探して、あなたが」 「分かった。いつも、ここに来てもいいの」 「次、会うときは。あなたは、もう」 「どういう」 「同じことも繰り返せば、また違って見えるの。あなたの言葉よ」 燃える紙片のように、私の意識は消えていく。同じことも繰り返せば、また違って見える。それは、本当なの。 「きっと、取り戻して、未来を」 命の部屋に取り残された彼女を放っておくわけにいかない。それが、結論だった。 「命の部屋の影響が出ないようにしないと」 私が目を覚ますと、彼は私を呼んだ。 「緑」 「広人」 響は、壁に背を預け、手を組んでいた。 「帰ってきたか。様子は」 「リタリア。という女性と会った」 「リタリアって、永遠の命の神の」 「そして、彼女は私だと伝えられたわ」 「どういう話だ、それは」 勝利は、驚いて言った。何も考えがないように、言った。 「私は、命の部屋へ取り残され、白い霊薬を飲んだことで、永遠に生きる。そう言われたの」 「私は、命の部屋で、あなたと死ぬはずだったの」 「静希」 「いいの。私は、すべてのことを話していくわ」 3.終わりの部屋 「私は、命の部屋へ行き、終わりの部屋を築いた。そこでは、すべては終わりへと流れた。いつも、終わればいいと思ってたからかしらね。ここも」 静希は、静かに話し始めた。 「永遠の命、それを持つのが、良いとか、悪いとか、そういう話がしたいんじゃなくて、私は、この状況を変えない限り、より悲劇的なことが起こると思っている」 「それは、なんだ」 「良い。命の部屋は、人生を集約したもの。私たちの一歩が、人生を作っているのは、この世界も同じよ。だから、ここでの生き方は、命の部屋とリンクしている。互いに影響を及ぼしあっているの。ねえ、拓真」 「そうだ。ここには、掟がある。命の部屋での出来事を知れば、それは必ず起きる」 「そう。そして、私にはすべての記憶がある。何かしらの仕組みで、私は記憶を失いつつあると感じているけど。だから、いますべて話す。まず、私は、命の部屋で、あなたの前で命を失う。緑」 「命を、失う」 緑は、後ろめたさを感じている。 「その理由は」 守は聞いた、比較的冷静なようだ。 「争う理由がなくても、争わなけばならない。そういうことなのか」 「なるほど、命の部屋から帰って来れたのが、拓真一人だという前提に立てば、命の部屋に行く必要があるのは、拓真だけか」 「そうか」 腑に落ちた。おれたちは、誰が命の部屋から帰って来れるか、分からないから。 「その場合、どうすればいいんだろう」 「何がだ」 「だって、広人、あなたが命の部屋へ行って、帰ってきた姿が、拓真なんでしょう。この場合、どっちが帰るべきなの。それは、誰が決めるの」 一同は、黙った。愛は、鋭いまなざしで、周りを見ていた。 「なぜ、命の部屋へ帰る必要があるんだ。もう、命の部屋なんて忘れて、生きよう。この世界で」 「時間か」 「守、どうしたんだ」 「僕には、使命があるんだ」 守は、焦った様子で、そこを後にした。守が去って、少しすると使命の鐘の音が鳴り響いた。 「ああ」 「緑」 「ああ」 緑は、叫びだした。使命の鐘の音と何かが、関係あるらしい。 「静希、あなた」 「どうしたの、何が」 「あなたが、私を鎌で切りつけようとして、それを防いで」 「命の部屋の記憶ね」 「あなたは、最後に黒の霊薬を飲んで、命を失った」 「あなたは」 「私は、緑が今すぐ、命の部屋へ行くべきだと思うの」 「命の部屋へ行く、霊薬を飲めばいいのよね」 「そうじゃないの、私たちは、まだ知らない、ここが命の部屋だということを」 4.命の部屋 「ここが、命の部屋」 誰もが、言葉を失っていた。命の部屋。それは、一体まずなんなのだろう。それは、人生を表した部屋。その部屋の様子を見れば、自分が今後、どのような人生を送るか、分かる。そういう話だった。 「私たちは、今、莫大な命の木にある生命エネルギーを利用して、命の部屋を維持してるの」 「ここは、誰の部屋なんだ」 「私たちはには、部屋がある、私には、自由の部屋。守には、使命の部屋。響は、孤高の部屋。勝利には、情熱の部屋。静希には、終わりの部屋。緑には、始まりの部屋。このなかで、命の部屋をもっていないのは、あなただけなの、広人。あなたは、一体、何者なの」 「おれには、記憶がないんだ。すべての記憶が」 おれは、記憶を失った。あの日、それを実感した。それは、命の部屋から帰ってきた拓真と出会った時だ。 「まあ、責めてやんなよ。おれも分からないんだから」 「拓真」 「問題が起きなければ、いいんだ。霊薬は、ここで保管しよう」 「本当は知ってるんでしょ」 「分かった、分かった。ここは、命の部屋。広人、お前の命の部屋だ」 「おれたちには、名前があった。名前が」 「名前」 「ここの外の世界で、おれたちは、寝ている。試験されてるんだ。誰が一番強い思いを持つか。感情表現が豊かなやつが、この世界を出れるんだ。なぜ、そんなことになったか」 「マトニア。これは命の部屋で生まれたものだ」 「マトニア」 「人の性格を模した、人工生命体ね」 「おれたちには、外の世界があるんだ。そこまでは、突き止めた。おれらのように意志を持った、人工生命体を作る過程で、感情を生成する必要が出てきた。それの被験者が、志願者がおれたちだったんだ」 「外の世界」 「だから、ここには命の部屋が」 おれたちには、考える必要があった。ここが、なぜ命の部屋と呼ばれるか。 「なら、それは、どうやって、命の部屋の輪廻から出るんだ」 「それは、命の部屋の主導者しかしらない。だろ、静希」 静希は、命の部屋計画の主導者。 「私たちは、自分を変えたかったの」 「この後の、話を聞く権利は、お前にある。広人」 おれは、拓真に言われ、そうだと思った。 5.静希 「私は、世界がモノクロだと気づいた。忘れていくなんて、良いことじゃないのかしらね」 静希は、言った。 「使命の鐘が鳴るたび、この命の部屋の消耗は続く。時間には、制限があって、命には終わりがあるからね」 命の木の前で、立っていた。彼女は、月に照らされ、水面には、彼女の影が揺らいでいた。 「モノクロね」 「お前、もしかして」 「左の視力を失った」 「だから、髪で目を隠していたのか」 「この世界は、あることが起きて、それに反応して、何も残らない世界。ここには、想い出もなければ、意志もない。命の部屋を見飽きた、私は、人生の意味を見出せなくなったの」 「あなたが、命の部屋を見れば、この世界は、終わる」 「世界が、終わる。それは、どういうことだ」 「人はね、自己矛盾の中で生きてるの。あなたは、きっと、決められない。拓真と、あなた、どっちがこの命の部屋に残るか。それを、決められないの」 「おれは、この部屋に残る。それで、拓真は帰る。そうやって、同じことを繰り返したからこそ、ここにおれもいられるし、拓真もいられる」 「命の部屋が、開くには理由があるの。それは、命の木、この木の目の前で、あなたと拓真があった日に起きたことよ」 「命の部屋、それは、あなたがいるから起きることなの」 「どうすれば、開くんだ、命の部屋へのゆがみは」 「あなたが、自分が分からなくなったとき。逆に言えば、命の部屋が閉じたのは、あの日、あなたが、彼を説得しきったからよ。いても、良いと。そういったのでしょう。また、あの日が来れば、良いと思ったわ」 おれらに動き出さなけらばならない日があるとすれば、それは世界が変わらないと分かってしまった日だろう。 「私の片目は、もう使えない。命の部屋計画、こんなもの始めなければ、良かったのよ」 「私は、あなたを、愛していたわ。だからこそ。今決めて」 それは、命の部屋帰るかどうかだろう。 「おれが、命の部屋へ行く」 「そう、その選択が意味があることを証明して」 静希は、一息ついて言った。 「拓真は、命の部屋へ帰る準備を始めるはずよ」 静希は、胸元の青いペンダントをはずして、おれに渡した。 「私は、あなたを愛してるからこそ、ここに拓真がいるのが、間違えていると思う」 彼女は、白衣を左手で、手繰り寄せ言った。 「明日を、命の日にする」 おれは、彼女と同じ立場として、会うことはないと思った。それが、彼女の覚悟の示し方でも、あれば、これ以上慣れあわないためのことかもしれない。 おれたちは、命の木を境に、正反対の方向へ歩き出した。 ちゃぽん、ちゃぽん。もう歩き出した、彼女を止めるものはない。 彼女は、左から向き直り、こちらを見たが、あの振り向きでは、こちらは見えないだろう。彼女には、見えないことができてしまった。それが、すべてを変える原因だったのだろう。 「もう、見えないのか」 彼女は、左の視力を失っただけでなく、この世界の色すら見えないのだろう。 「モノクロなの、か」 おれは、彼女を変えられるのか、分からなかった。 6.霊薬 おれは、静希と別れてからも考えた。なぜ、自分が生きているのか。 「これは、何を意味するんだろう」 静希は、おれに青いペンダントを渡したが、これは一体どういう意味なんだろう。 「はあ」 研究所に戻った。研究所の廊下を歩いていると、地鳴りのような爆発音が鳴った。 バーン。壁が、破られた。そこには、黒い衣服を着た者たちが、走っていった。 大きな広間の中心にあるのは、霊薬。 「霊薬か」 彼らの目的は、霊薬らしい。霊薬の奪取が、目的だろう。 緑と、追うと、霊薬の箱を手にした、男に追いついた。 「お前は、何しにここへ」 「変えに来たんだ。うまく行かなかった自分をな」 「拓真」 「おれは、お前が命の部屋へ行くことから遠ざけなければならない」 「お前は、周りを見ているようで、自分が命の部屋へ帰ることしか見てない」 「そうだ、おれは命の部屋へ行けなけらばならない。中途半端な自分に終わりを付けたい」 「終わり」 「そうだ。すべてが始まる前に戻り、お前を消す」 「消す」 「争う理由はない、しかし、恐くなったんだ。もう、戻れないと思うと」 「それは、ずるくないか、何もお前が戻ることを否定しているやつはいない」 「いるんだ」 「緑」 「あなた、命の部屋へ帰るのね」 「ああ」 「霊薬を返して」 「それは、できない」 彼は、腰をかがめ、命の木のふもとに、霊薬を置いた。霊薬の入った箱には、白の霊薬と、黒の霊薬が残り一本ずつ、入っていた。 「置いたら、始めだ」 「お前が、ここにいる理由は」 「うまく行かなかった自分、お前に復讐するためだ」 「どうして、ここへ戻ってきた」 「間違いを正すためだ」 「間違い」 「そうだ、こんな弱かった自分がいるってことをな」 彼は、腰を落とし、構えた。 「瞬間突破」 彼は、叫ぶと、火をまとった炎のこぶしで、おれを一閃した。 「霊薬を飲んだものの力だ」 「クッ」 「霊力。霊薬を飲んだものは、自分の天命を知り、霊力に目覚める。霊力同士の干渉で、命の部屋は開く。おれは、勝利と戦い、命の部屋へ行く」 「すまない、広人」 そこには、勝利がいた。 「勝利」 「霊薬を使って、おれたちは命の部屋へ行く」 「お前は、知らなくていいんだ。すべて」 知らなくていい。そう言われたおれは、何を知ろうとしているのか、理解していなかった。 「自分が、知ろうとしてることを、なぜお前は、知っているんだ、拓真」 「おれには、分かるんだ。命の部屋での経験がおれを強くした。お前が、ここにいれるのは、すべておれのおかげだ」 それに、拓真は付け加えた。 「多くの死を見ることになる、ここにいるのがいい。広人」 「戦う理由がなくても、おれはお前を止める」 おれは、自分が、未来の自分が、自分に何かを教えることは、行けないことだと思っていた。それは、反則行為であり、自分には禁じられたことだと思った。 「おれは、お前が命の部屋に行ったなら、行く責務がある」 「今までは、頭を垂れて、助けてくれって言ってたのにな」 「ここが、命の部屋か」 白髪で、長髪の男性は、紙を宙に放り投げた。紙は、宙を舞う。 「クソっ、縁次」 拓真は、身をひねり、回転蹴りをした。白髪の男性は、左手で、的確に受け止め、力を流した。すると、拓真の足を引っ張り、地面にたたきつけた。 「ふん」 「クハッ」 「霊薬は、もらっておこう」 「勝利、帰るぞ」 「でも、霊薬が」 「良いんだ。帰ろう」 拓真は、霊薬を取りに来た割には、あっさり帰って行った。 「ありがとうございます。あなたは」 「私は」 彼は、茶色いコートの土を払うようにすると、答えた。 「縁次だ。年老いた、君だ。広人」 7.縁次 「私の名前は、縁次。若いころの自分に会えると思っていなかったよ」 彼は、バンバンと昔の旧友に会ったように、背中をたたいた。 「組織、セーンの長だ。ああ、セーンについて話していなかった。私たちは、彼を追っているんだ」 「追っている、なんでですか」 「私たちは、命の部屋の行き来を守る、部隊を形成するに至った。問題が起きすぎたからだ。彼は、私たちからただ、逃げているんだが、それはそれで、助けてやりたいんだ」 「助ける、何からですか」 「人生、とでもいおうか。ここから、逃げ出したいんだ、彼は」 「逃げたいというか、自己表現を失っているんだと思います。自分がいるんです、下手に動けないでしょう」 「そうだな。君は、記憶を失っているね。君は、一体誰なんだ」 「広人、自分の名前は、広人です。広人」 「本当に」 彼は、少しふざけた調子で聞いていた。安心できた。本当に自分自身なのだろうか。 「彼は、一人で命の部屋を行き来しているため、周りに彼による被害が出てきている。その一番理由が、これから彼の率いる部隊ウィンゼルにより、命の木へのエネルギー供給が失せる。人は、死滅する」 「死滅。おれのしたことが、そんな影響を」 「だから、正しいことを君は、しなければならない。彼を止めてくれ」 彼は、おれの肩に手を置くといった。 「彼は、死に物狂いで、命の部屋から帰ってきた男だ。彼を、止めるのは容易ではない。協力者もいるはずだ」 「私のいた未来では、彼のおかげで、安寧が訪れた。しかし、彼の作り出した世界は、不安定そのものだった。私がいた未来は、永遠期とも呼ばれ、リタリアが生きていたころの話だ」 「リタリアが、生きてた。どういうことです」 「緑は、霊薬を飲んだのではないか」 「飲みました」 「あれは、飲むことで、命の部屋に与えられた変数設定を変更する霊薬だ」 「変数設定」 「なんだ、知らないのか。この世界は、カスケードシステムの創設者である、勝利によって形成されている。未来の話だが」 「カスケードシステムとは」 「この世界を作っている、プログラムだ。私たちは、莫大の変数のもと、ここで生活する因子として環境を形成しているわけだ」 「いやな、言い方ですね。僕たちは、人間じゃないんですか」 「霊薬の飲んだものは、不思議な力に目覚める。人間離れした、力を持つものもいるが、私たちは、人間だ。そう思っていいだろう」 ふー。彼は、一息、ついた。 「自分が、命の部屋へ行くことをどう思っていますか」 「ここで、暮らすべきだ」 「なぜ、拓真は、同じことを繰り返しているんですか」 「リタリアが、永遠の命を繰り返し、自分を冷えた目で見るようになってからだ。すべてが、モノクロだと、そう言っていた。たしかな」 それは、静希が言っていたことだった。 「リタリアの意識が、静希に影響を及ぼしている」 「そうも、考えられるな」 「この世界は、あるべきことが起こるように仕向けられている」 「それは」 「君が、この世から消えることだよ。広人」 自分が消えること。おれは、この世界からいなくなる。