昔々のことだ,ここ大塚山は大多喜城下へ山の峰つだいに通ずる交通の要所であり,人々の往来が絶えなかった。 またこの地方には固い石が無く,唯一,弓木(ゆみき)村から切り出される弓木石といわれる砂岩が民家の土台石として珍重され, この石を牛馬の背にのせ城下へ運ぶ人々の姿をよく見かけた。 この山道の端に大きな石があり,その上に道祖神が祭られていたと言う。 石に刻んだ道祖神も風雨にさらされぼろぼろに砕け,今は台座の大石だけが残っていた。 村の古老がいうには 「道祖神を刻んだ石は今はねぇがこの石には今もちゃんと神さまが宿っている。粗末に扱うでねぇぞ」 と若者達に言い聞かせた。  ある日の事,若者が四,五人たきぎ取りにこの山に登ってきた。 その中で村一番の乱暴者と言われる若者が 「じい様がこの石に神さまがいるゆうたがあんなのウソだ。神さまなんているわけねぇ,おれが今試してやる」 と着物の裾をまくりこの石にジャージャーと小便をひっかけた。驚いた他の若者は 「よせよ罰が当ったらどうする」 と止めたが, 「なぁにでぇじょうぶだ,しんぺぇねぇ」 となおも小便をかけ最後にしりをまくって大きな「屁」一発。  その日の夕方,いっぱいたきぎを背負った若者達が山から下りてきた。 その石の所でかの若者が, 「見ろ,なんともねぇじゃねぇか」 と大笑いして帰っていった。 家に帰った若者は出来そこないの味のあまりよくねぇドブロクを一杯ひっかけ,飯を食うと大いびきをかき寝てしまった。   翌朝,かわやへ行き用を足したがいつもと違い少し様子が変だ。 覗き込んで見ると自分の物が少し曲がっているようだ 「ううん・・・たいしたことねぇ気のせいだ」 と仕事に出掛けた。 次の朝,曲がり方がいっそうひどくなった。三日目の朝,若者は 「ギャッ」 と悲鳴をあげた。 なんと釣り針のように曲がり,用を足すと自分の「へそ」にかかった。 さすがの乱暴者もこれには驚き 「オッカー実はこれこれこう言う訳だ」 と,事の次第を女房に話した。驚いた女房が 「それでは二人で謝りゆくべ」 と次の朝,暗い内に起き,井戸水を桶に一杯くみ二人でかついで道祖神の所へ来た。 折からの残月に照らされた大石に小便のあとがきらきら光って見えた。 二人はタワシで石をきれいに洗い 「申し訳ねぇ,これから二度とこんなばかなまねはしねぇから勘弁してくれろ」 と二人で額を土にすりつけて謝り続けた。  それから数日すると少しずつよくなり,半月もすると元通りになった。 「やれやれ,やっとなおった」 と夫婦で顔を見合わせた。 これにこりた若者は心を入れかえ毎日の仕事に精を出すようになったという・・・ 「ん・・・女はどうなるって・・・じい様の話だと一晩でおっぱいがしぼみシワシワになるっちゅう話だが, まだ試した者がいねぇから,本当の事はわからねぇ」  大塚山へおいでの皆の衆よ,世の中の「ルール」はちゃんと守って下せぇよ。 明日の朝,お前様のが曲がっていたら色々と困る事があっぺいよ。